作曲家の自筆譜、スケッチを見る

 今月、250回目の誕生日を迎えるベートーヴェン。まさか、生まれ故郷ドイツが、彼が洗礼を受けた日の前日に再びロックダウンに入り、自分の作品が演奏してもらえないなんて、思ってもみなかったことでしょう。  

 そんなベートーヴェンのメモリアルイヤーということで、先日、本当に久しぶりに『エリーゼのために』をコンサートで演奏しました。この小品は、以前から、出版社によって微妙に音が違う箇所があることが気にはなっていました。子供の頃は、いわゆる「クラシック名曲集」のような曲集に掲載されているものを、何の疑いもなく弾いており…最初に、何か音が違うと思ったのは、某教育番組でベートーヴェンの曲をレッスンする特集が組まれた時でした。その当時は、あまり考えもせず、ドイツ人ピアニストがレッスンしているんだから、この楽譜が正しいのだろう…くらいにしか思っていませんでしたが、その後、いくつかの出版社の楽譜を見比べるうちに、同じ出版社でも、改訂される度に変更があったりしていることに気づき、一度じっくり考えなくては…と思っていたところ、メモリアルイヤーに突入。今年調べずに、いつ調べるのかしら?ということで、ボンのベートーヴェンハウスのホームページにアクセスしてみました。 

 『エリーゼのために』のベートーヴェンの自筆譜は、今では行方不明で、完成品を見ることはできませんが、この曲のスケッチがベートーヴェンのスケッチブックに残っており、ベートーヴェンハウスのホームページでも見ることができます。この作品は『バガテル イ短調 WoO.59』といい、『エリーゼのために』というのは表題にすぎませんが、そのことは、今回は横に置いておくことにします。

 スケッチを見て私が面白いと思ったことは、音の違い云々ではなく、「スケッチに於いて、ベートーヴェンが青色のインクで改訂しようとしていた痕跡があること」「ロンド形式でいう、いわゆるDの部分の右手の幾つか重なった音の符尾(棒の向き)が分けて書かれていること」の2点です。

 1つ目は、あの有名なテーマの左手の各小節の頭に16分休符を書き加えて、左手のアルペジオのタイミングを遅らせるというアイディアがあったということが見て取れます。2つ目は、ソプラノのラインと、その他の声部というふうに、はっきりと書き分けられているということがわかります。 

 今、私たちの知るこの作品では、1つ目のアイディアは採用されなかったようですが、一瞬でもベートーヴェンの頭に浮かんだアイディアでこの曲を弾いてみると、また違った味わいの曲になります。2つ目に関しては、なぜ、数年前に改訂されたヘンレ新版でさえ、幾つか重なった音をベートーヴェンのスケッチ通りに記譜してくれないのだろう?と不思議に思います。幾つか重なった音がひとつの符尾で向きをそろえられてしまい「一つの和音」として、とらえられてしまうからです。

 実際にレッスンの中で、この部分に差し掛かると、ほぼ全員が重なる音を一つの和音として、ジャーン‼とならしてくれます。この曲を弾く年齢が低く、手があまり大きくないことも原因のひとつかとは思いますが、ソプラノのラインが欲しいから、上の音を響かせるように伝えても、なかなかこちらの思うような響きは出せません。  

 ある時、幼少期に習い事のひとつとしてピアノを習っていて、発表会でエリーゼのためにを弾いたという、同世代の知人と話をしていた時に、「和音をジャンジャンならせばいいものだと思っていた!棒の向きを分けて書いてくれていたら、そのように弾けるかは別として意識できたと思う(なるほど…)」「左手の同音連打の練習だと思っていた(確かに、小さい子にとってはそれもあるかも…)」との意見が出て、やはり、「楽譜」から学ぶということはとても重要で、どの楽譜を選ぶかのかということも大切だなと改めて感じました。この世の中には、数えきれないほどの作品があり、すべての作品の自筆譜だったり、スケッチだったり、初版版を見ることはできませんが、同じ作曲家でも、筆跡によってその時の感情も伝わってくるものですし、見ることができるものは、作曲家のメッセージとして、しっかり勉強する必要があるのだと思った出来事でした。

 

  普段のレッスンの中では、J.S.バッハの作品やショパンの作品は、自筆譜のファクシミリ楽譜が出ていたり、楽譜に掲載ページがあったりして、比較的目にしやすく、特にバッハに関しては新しい曲に入る度に、「バッハは、どの様に記譜しているでしょうか?」と、生徒と一緒に見ています。

 これからも、探せるもの、見ることができるものは、生徒と一緒に見て学びながら、作品への理解を深めていくレッスンができればと思います♪

裕子ピアノ教室フロイデ/豊橋市のピアノ教室

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