恩師との約束

 私がドイツに留学するときに、恩師に約束してほしいと言われたことがあります。それは、「練習室に籠りっきりにならないこと」、「色々な国へ足を運ぶこと」です。

  

 留学したのに、練習室と学校の往復のみで、その街の事、人々の事、言語、歴史、美術、勿論コンサートもピアノばかりでオペラなどに興味を示さず…何も学ばずに帰国する人がいるそうです。「ただただピアノに向かって練習するだけなら、日本でも良いでしょ?何のために留学しようと決めたの?という人にはならないで!」そう言われました。 

 折角、陸続きのヨーロッパにいるのに、クラシック音楽の本場に居るのに、留学した国から出ない人もいるそうです。「作品を知るには、作曲家の育った風土を知ることです。ドビュッシーを弾くのに、ドイツしか知らない?すぐお隣がフランスなのに?モーツァルトを弾くのに、オーストラリアに行ったことがない?お隣なのに?ナンセンス!出来る限りの国を訪れて、作曲家達が何を見ていたのか、肌で感じてきてください。約束してください!」 

 私は、そんな恩師との約束を出来るだけ果たそうと、留学中、色々な国に出かけました。完全にプライベートな旅行もあれば、マスタークラスやコンクール、コンサートで訪れた際に…という事もあります。 

 フランスでセーヌ川が流れる、とある田舎の村にマスタークラスで訪れた夏の日、村を散歩していて、「これが絵画だとルノワールで、音楽だとドビュッシーなんだ!!!」と全てが繋がった瞬間の景色に出会いました! 

 ロシアのサンクトペテルブルクに音楽祭のオープニングコンサートでのピアノ協奏曲のソリストとして訪れた冬の日、静けさの中に響く鐘の音や、雪が霧のように舞い上がる景色、そして、建物の大きさを目の当たりにし、何故ラフマニノフの旋律が、終わりのないメロディーを紡いでいるのか、わかった気がしました。(但し、この時の演奏曲は、ご指定でリスト!) 

 これこそが、恩師が私に伝えたかったことであり、留学する「意味」なのだと思います。勿論、時間もお金も限られていますので、全ての作曲家の足取りを追えるわけではありません。しかし、少しでも近づける手段があるのならば、インターネット上の世界ではなく、足を運びたいと、今、このような状況下だからこそ、強く思います。 


 そんな風に思った、恩師の命日、1月18日。 

裕子ピアノ教室フロイデ/豊橋市のピアノ教室

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